北方領土問題を分かり易く解説【4島返還は出来る!!!】




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北方領土問題。時々テレビなどで取り上げられていますが、実際「何が」「どう」問題なのか正確に把握している人って少ないんじゃないでしょうか。

ちなみに筆者もさっぱりです。

「北方領土」「問題」というからには、おそらく日本の北の領土に関して問題が起きているんだろなぁ、という程度。

分かり易く解説してくれている番組もたまに見かけますが、そもそも基本がさっぱりなのでそれを見てもちんぷんかんぷん。

北海道のさらに北に四つの島があって、その領土をめぐってロシアと対立している……という程度の知識しかありません。

でも、何やら今年はいろいろ動きがあるとか? そう言えばロシアの今の大統領は大の日本好きだと聞きます。安倍首相ともウマが合うとも。

これはもしかして、北方領土問題解決の日が近いのでは?!

それでは、今が旬のニュースである北方領土問題について簡単にまとめてみたので、ご紹介していきます。

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そもそものはじまり

そもそも、なぜ北方領土がどこの国の領土かわからなくなってしまったのでしょう。

簡単に北方領土に関する日本とロシア(旧ソ連)との歴史を外務省のホームページ情報をもとにまとめてみました。

日本とロシアで結ばれた条約

  • 1855年 日魯通好条約
  • 1875年 樺太千島交換条約
  • 1905年 ポーツマス条約
  • 1941年8月 大西洋憲章及び1943年11月 カイロ宣言
  • 1945年8月 ポツダム宣言
  • 1951年9月 サンフランシスコ平和条約
  • 1956年 日ソ共同宣言

【1855年 日魯通好条約】

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「外務省ホームページから引用」

北方四島(歯舞群島、色丹島、択捉島、国後島)を先に発見したのは日本だといわれています。

19世紀初めには日本が実質的に四島を支配、19世紀前半にはロシア側も自国の最南端の領土としては四島の向こう、ウルップ島だと認識していたそうです。

そういったお互いの認識を確かめ合う意味も含め、1855年に日魯通好条約が結ばれました。

尚、樺太(サハリン)に関してはこの時点では両国が混在する地という認識だったそうです。

【1875年 樺太千島交換条約】

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「外務省ホームページから引用」

日魯通好条約後、樺太では日本とロシアの両国が混在しているためたびたび争いが起こっていたそうです。

この解決策として、ロシアに対して樺太全島を放棄する提案をして、その代わりに千島列島(シュムシュ島(千島列島最北の島)からウルップ島までの18島)をロシアから譲り受けることになりました。

【1905年 ポーツマス条約】

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「外務省ホームページから引用」

上記の条約の後で日露戦争が起こり、その結果日本はロシアに勝利することにより樺太の北緯50度以南を譲り受けることとなりました。

【1941年8月 大西洋憲章 1943年11月 カイロ宣言】

第二次世界大戦中の1941年8月、アメリカとイギリスの両首相は連合国側の指導方針として大西洋憲章に署名をし、戦争によって領土の拡大は求めないとしました。この署名には翌月には当時のソ連も参加を表明しています。

また、1943年11月に出されたカイロ宣言では「暴力等により日本国が略取した」地域からは日本を追い出さなければならないと宣言しています。

ただし、北方四島はこの「暴力等により日本が略取した」地域には当てはまらないと外務省のホームページでは明記されていますし、確かに上記の流れから見ても当てはまらないように思います。

【1945年8月 ポツダム宣言】

第二次世界大戦末期にアメリカ、イギリス、中国の三ヶ国が日本を降伏させるために同年7月26日に出した宣言

日本は一旦この条件を渋りますが、広島長崎の原爆投下に続き、8月9日に「日ソ中立条約(1941年4月に締結、5年間有効)」を無視して宣戦布告してきたソ連の存在によって8月14日に受諾します。

しかし、その後もソ連は攻撃を続け、8月28日から9月5日までの短期間で北方領土を不法占拠してしまいます。

【1951年9月 サンフランシスコ平和条約】

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「外務省ホームページから引用」

第二次世界大戦での連合国(西側諸国)と日本との講和条約。日本における占領の終結と主権回復、領土の規定や賠償などについて定められています。

これにより日本の領土が定められ、日本は樺太、千島列島のに関するすべての権利を放棄することになります。

ただし、歴史的観点から考えて、この「千島列島」に「北方四島」は含まれず、またこの条約にはソ連は参加していないため条約の権利をソ連が主張することはおかしいという点があります。

【1956年 日ソ共同宣言】

歯舞群島及び色丹島を除く領土問題については日本とソ連との間で意見の一致が全く見られなかったため、とりあえず戦争状態が終わっている点とこれからの外交関係が回復しているなどの点について出された宣言。

尚、歯舞群島および色丹島に関しては、平和条約が締結すれば日本に返還するという話がまとまっています。

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それぞれの主張

このような歴史を経て現在の北方領土問題は起こっているのですが、それでは日本とロシアはそれぞれどういう主張を持っているのでしょう。

北方四島に関する日本側の主張

戦後のどさくさに紛れてソ連に不法占拠されてしまった日本。

歴史的観点から見れば、北方四島は返還してもらうべきだと考えるのが妥当だと考えられています。

サンフランシスコ平和条約での領土の規定でも、千島列島を手放すとはなっていますがソ連の領土にするとはなっていません。そして何より、この条約にソ連は参加していないのです

ロシアと結んだ条約を振り返ると千島列島そのものがロシアではなく日本の領土だ、と宣言してもいいような気もしますよね。

北方四島に関するロシア側の主張

しかし、ロシアにはロシアの言い分があるそうなのです。

どうやら、第二次世界大戦中、アメリカのルーズベルト大統領はソ連に「連合軍が勝てば千島はソ連に引き渡してもいい」という話をしていたようです。

戦争中の話なのであいまいですが、当時のソ連にしてみれば日ソ中立条約を破ってまで対日参戦したのにはこの言葉があった可能性が高いわけですよね。

そして、結果的に連合軍は勝利をおさめ、日本は敗戦国となりました。

ソ連にすれば、「勝てばアメリカが引き渡してくれるといったんだから、千島はうちのものだ」という考えがあっても仕方がないとも思えますよね。

北方領土問題の今後

2016年は日本とソ連(現ロシア)が第二次世界大戦後ようやく国交を復活させた日ソ共同宣言からちょうど60年を迎える節目です。

そのため、有識者の間では今年中に北方領土問題が解決へ向けて進むのではないかと期待を寄せている人も多いと聞きます。

そんな北方領土問題の今後ですが、現時点で最も有力な折衷案が歯舞、色丹の「二島先行返還」案です。

プーチン大統領が「日ソ共同宣言」を重要視している点から考えても、歯舞色丹の二島を北方四島から切り離して先に返還してもらい、残りの二島についてはそれから交渉を……と日本政府は考えているのではないかと言われています。

ただし、この場合先の二島が返還された時点でロシアとの話し合いが終わってしまう可能性もあり、かなりリスクを伴うのではないかとも考えられているそうで、日本政府内でも意見が分かれているそうです。

12月には山口県で日露首脳会談が行われる予定なので、その時に何らかの動きがあるのではないかと言われています。

まとめ

いかがでしたか?

政治が絡むので難しい話なんだろな、と思っていた北方領土問題でしたが、実は歴史問題だったんですね。

戦後のどさくさで土地をとられていたとは……敗戦国というのは何とも切ないものです。

でも、ロシア側の主張を見てみると、一概に当時のソ連が悪いともいえないわけで……戦争中というのは本当にいろんなことがあいまいになってしまうんでしょうね。

でも、昔は北方領土で生活していた日本人もいたわけですし少しでも早く四島すべてが返還されるといいですよね。

生まれ故郷に自由に帰れないなんて、現地の人たちにとっては本当に苦しい話だと思います。

日本国民の一人として、12月の日露首脳会談で少しでもいい方向に話が進むことを願ってやみません。

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