感動と感激の意味の違い-知ってみると、ビックリ!!




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感動感激、どう意味違うのかって聞かれると、あいまいなような、全く違うような。

意味違うでしょって言われても明確に説明が出来そうにありません。

感激感動も心が震える瞬間だと思いますが、違いはどこにあるのかっていうのを今回調べます。

よく聞く「感激家」っていうのがありますが、「感動家」は聞きませんね。

やっぱり意味にそういえない何かがありそうですね。

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感動とは感じて実行すること

蝉の鳴き声に感じた事

「感動した」とか「感動的」とか言います。

そういう事も感動ですが、本質的なことを考えてみると、感動とは、心で感じて実行する(動く)ことだと思うのです。

特に自分に何ができるかを感じて、周りの人のために実行すること。

そういう生き方ができると、人生は実り多い豊かなものになっていきます。

今は夏、セミの鳴き声が聞こえてきます。

自宅の自分の部屋に居て、窓を閉めているのにすごく聞こえてくる。

夏の風物詩です。

セミの鳴き声を聞くとなぜか心揺さぶられる。

夏を惜しむように鳴く声に、自分の命もまた有限であることを感じるからだと思うんです。

人のために生き、悔いのない人生を歩もう。

そうすることが「生きがい」ある人生になる。

そう思うのです。

生きがいは一人では味わえない

生きがいというのは人とふれあうことで味わえるものだと思う。

人に褒められたり、認められたり、評価されたり、人が求めてくれたりするときに得られる感慨。

例えば料理。

大切な人に食べてもらうために作り、「美味しい」「心がこもっている」「ありがとう」などと言われたときに味わう感慨。

材料にこだわって一人で作り、一人で静かに食べても、料理を作ることは生きがいにはならない。

何かをするときには、だれかと喜びを共有することが大切です。

「一緒に来てよかった」

「あなたが居てくれるから」

そういう時に得るもの、それが「生きがい」です。

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「守らなければいけない人がたくさんいるから長生きしよう」

「求めてくれる人がたくさんいるから」

「まだ自分は頑張れる」

そう思うことも生きがいです。

常に一人では生きがいというのは味わえないのです。

そのために感じて動く。

そういう心遣いができるようにしたいですね。

最近感激したことありますか?

・電車に高齢の女性が乗ってきました。

私を含め3人がほぼ同時に立ち上がったのですが、その中の男性が、「どうぞどうぞ女性は座ってください」と私たちに言うと、スマートに自分の席におばあさんを誘導していました。

若い男性なのに素敵だなって思いました。

・この前コインゲームを娘としていたら、隣でゲームをしていた小学生ぐらいの男の子が、コインを大量に落としてしまいました。

それを見て、私たちだけではなく、周りの大人や子供がコインを頑張って拾ってて、その男の子も照れながらも、「ありがとうございます」とお礼を言っていたこと。

なんか感激しました。

・学校で性格の悪いいじめっ子がいつもいじめている男に子に、自分が使っているヘアアイロンを押し付けたりしてかわいそうだったけど、みんな関わりたくないから、見てみぬふりしていたら、たまたまほかのクラスや学年でも有名なヤンキーが遊びに来てて、アイロン押し付けられていじめられてるのを、「やりすぎだぞ止めろよ」と言っていじめっ子を殴ってて、すごいかっこいいなと感激しました。

・小学校5年生の娘、先日虐待にあった子供たちのドキュメンタリーテレビを見て大泣き。

理由を聞くと、かわいそうでたまらない、お母さん大事に育ててくれてありがとう・・って。

反抗期真っ只中だっただけに感激しました。

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・すごく当たり前のことなんだけど、今朝運転してたら救急車が後ろからきて、どの車もきれいに左に寄った。

左に寄らない車や救急車が通れない道に駐車しているのも見たことあるから。

あたりまえだけどいいことだなって感激しました。

どうも、感動は自分が感じて動くことで、感激は、人から与えてもらうことっていう事のようですね。

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