ミイラとは、何時から作られた。古代の人たちの謎を追う・・・・・




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ミイラと聴いて思い出すのがエジプトでは無いでしょうか?

ツタンカーメンのミイラとか・・・・。

後はゲームの中の敵キャラとか。

ミイラって何時の時代からあるのでしょう?

実は日本にもミイラはあります。

どうやってミイラは作られたのか?

何時からあるのか?

作り方はいろいろあるのか?

ロマンの世界ですね・・・・オカルトかな?

ミイラの世界へようこそ・・・・・。

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ミイラとは

ミイラ(木乃伊)とは人為的加工ないし、自然条件によって乾燥され、長期間原型をとどめている死体のことである。

永久死体であって、「枯骸」とも呼ばれる。

ミイラの語源

日本語の「ミイラ」は16世紀~17世紀にポルトガルから採り入れた言葉の一つで、ポルトガル語(mirra)は没薬(ミルラ)を意味するものであった。

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ミイラの事例

古代エジプト

古代エジプトでは、紀元前3500年~3200年のナカダ2期には人工的な遺体の保存が始まっていた。

ミイラ作りは来世・復活信仰と密接に結びついている。

エジプト神話で豊穣の神を表すオシリスはセトに殺害され、後に妻のイシスや冥界の神アヌビスの助けによって、ミイラとして蘇り、冥界の王となったという伝説がある。

このため、葬儀やミイラ制作は、オシリスの神話に基づいて行われた。

内蔵を摘出した後の死体を70昼夜にわたって、天然炭酸ナトリウム(ナトロン)に浸し、それから取り出した後、布で幾重にも巻いて、完成させる方法でミイラが作成された。

包帯を巻いたミイラのイメージはこの古代エジプトのミイラ作成に由来する。

理性の場であると信じられていた心臓を除いた、胸部と腹部の臓器や組織は下腹部の切開によって、全て取り出され、脳の組織は、鼻腔から挿入したカギ状の器具によって掻き出された。

取り出された他の臓器は、「カノプス壺」と呼ばれる壺に入れられて保管された。

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古王国時代は、遺体を石膏で覆って、彫像のようにする処置があり、第1中間期はミイラマスク、中王国時代の第12王朝には人形棺が用いられるようになった。

犬・猫・ワニ・トキ・ヒヒなど神の化身とされた動物のミイラも作成され、特に末期王朝時代以降に盛んになった。

アンデス

死者をミイラとする風習は南米アンデス地方でも見られる。

アンデスのミイラの特徴は膝を折り、腹部につけた姿勢を取ることである。

製法は、死者の内臓と筋肉を取り除く。

次に何らかの火力で乾燥させる。

最後に特定の姿勢に固定し、体全体を布で覆い、かごに収め、最後に副葬品と合わせて再度布を巻くと言うものである。

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紀元前200年ごろまで続いた、バラカス文化は形成期においてすでにミイラの制作に習熟していた。

インカ帝国が成立すると、特に高位の人物のミイラに対しては羽根や装飾品、金属製の仮面を取り付けるようになる。

作成したミイラは祠に安置したり、住居に置いて、あたかもミイラが生きているかのように話しかけ、食事を供し、なくなった近親者への愛情と、尊崇の念を示し続ける。

古代中国

古い文献(『大唐西域記』『西京雑記』『抱朴子』など)に入定ミイラの記述があり、『高僧伝』では、普の元康8年(298年)に訶羅竭という僧が死に、火葬に付されたが、半焼になってしまい、座したままでも崩れなかったため、石室に安置して礼拝したと記されている。

『大唐西域記』では玄奘が西域の僧のミイラについて言及している。

現存するミイラとしては、広東省韶州市南華寺にある、唐代中期の禅僧慧能の肉身仏(即身仏)などがある。

なお、中国では現在でも即身成仏としてミイラが作られている。

ただし、生きたままミイラになるのではなく、死後に遺言によってミイラとして作られるものであり、全身に金箔を塗ることにより生前に近い形を保とうとしている。

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これより有名なミイラは「楼蘭の美女」として知られる、古代のオアシス都市楼蘭のミイラであろう。

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シルクロードブームで一躍知られるようになった。

西域は感想(砂漠)地帯でミイラが出来上がるのに好条件であり、そのため中国におけるミイラは西域に多い。

日本

密教系の日本仏教の一部では、僧侶が土中の穴などに入って、瞑想状態のまま絶命し、ミイラ化したものを即身仏(そくしんぶつ)という。

この背景にあるのは入定(生入定)という概念で「入定ミイラ」とも言われる。

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本来は悟りを開くことだが、死を死ではなく永遠の生命の獲得とする考えである。

入場したものは肉体も永遠性を得たものとされた。

日本においては山形県の庄内地方に分布し、現在も寺で公開されているところもある。

樹の皮や木の実を食べることで命をつなぎ、経を読んだり瞑想する。

まず、最も腐敗の原因になる脂肪が燃焼され、次に筋肉が糖として消費され、皮下脂肪が落ちていき水分も少なくなる。

生きている間にミイラの状態にからだを近づける。

生きたまま箱に入り、それを土中に埋めさせ、読経をしながら入定した例もあった。

この場合、節を抜いた竹で箱と地上を繋ぎ、空気の確保と最低限の通信(行者は読経をしながら鈴を鳴らす、鈴が鳴らなくなった時が入定の時である)を行えるようにした。

行者は墓にはいる前に漆の茶を飲み、嘔吐することによって体の水分を少なくしていたと言われる。

漆の茶にはまた、腐敗の原因である体内の細菌の活動を抑える効果もあった。

世界最古のミイラアイスマン

5300年前に死亡したと見られるアイスマン(エッツィー)の遺体は1991年にオーストリアとイタリアの国境地帯の山中で発見された。

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