スケートの歴史や始まりを調べて見た【フィギュア・スピード・・・・・】





冬のスポーツ、実際に楽しむとなればスキーやスノーボードが王道かとは思いますが、観て楽しむ冬のスポーツと言えばやっぱりスケートですよね。

氷の上を美しく舞うフィギュアスケートはもちろん、速さを競うスピードスケートなども見ているとわくわくしてきますよね。

そんなスケートですが、そもそも始まりっていつなんでしょう。

氷の上でのスポーツなんて季節を選ぶし、雪が降らない地域ではまず無理ですよね。

わざわざ動きにくい氷の上でスポーツをしようとした、その始まりとは一体どういうものだったのでしょうか。

それでは、冬ならではのスポーツであるスケート歴史について見ていきましょう。

スケートの始まり

スポーツという概念ではなく氷の上を移動する手段としての「スケート」は非常に古くからあったそうです。

ヒツジや馬、トナカイなど動物の骨を使って氷上の運搬用に作られた滑走用具が北ヨーロッパの穴居生活の遺跡から発見されているそうです。

紀元前4000年ごろの話なので確かなことは言えませんが、氷に囲まれた北欧では氷上の移動手段としてこれらの用具は非常に重要だったのかもしれません。

その後、骨製から木製、そして鉄製のものへと進化したスケートは次第に運搬用からレジャー、そしてスポーツへとその用途を変えていきます。

北欧の地域の人たちから始まったスケートはオランダへと広まり、ここで劇的な変化を遂げることとなりました。

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スポーツとしてのスケートの始まり

オランダは運河の国として有名です。そして、実はオランダは寒い時期でも雪が少ない国でもあります。

そのため、国中に張り巡らされた運河が寒くなると氷で覆われ、天然のスケート場がたくさん出現していました。

オランダの人たちは冬になると凍った運河の上をスケート靴ですべり、速さを競ったり美しく滑る方法を磨いたりしていたそうです。

尚、スピードを競うスピードスケートと氷上での演技を競うフィギュアスケートでは始まりがそれぞれ違うので、以下個別にご紹介していきます。

スピードスケートの始まり

スピードスケートが競技として登場したのは18世紀後半だといわれています。

当時、冬になると凍っていたオランダの運河を使って女子のスピード競技が始まりました。

また、それと前後して北ヨーロッパでも同様のスピードを競うスケートが続々と始まっていったそうです。

その後、1892年に国際スケート連盟が発足、翌年にはスピードスケートの男子世界選手権が開催されています。

フィギュアスケートの始まり

フィギュアスケートの場合、まずはスポーツとしてではなくレジャー(遊び)としてオランダ、イギリスで広まりました。

オランダでは「ダッチロール」という、芸術性が高い優雅なフォームで氷上を滑ることが流行しましたが、その後イギリスにこのフォームが渡った際にその優雅なフォームよりも曲線を滑走するという技術に注目が集まり、イギリスで現在のフィギュアスケートの元ができたといわれています。

また、19世紀にアメリカのバレエダンサーであるジャクソン・ヘインズは、オーストリアに渡った際にウィーンで当時大流行していたスケートを見て、スケートにバレエのポーズやダンスステップを取り入れたら面白いのではないか、と考えました。

そして同時にウィーンでは盛んな音楽も取り入れ、氷上で独自の振り付けに音楽を合わせてみたところこれが非常に好評で多くの観客に喜ばれたそうです。

その後、スピードスケートの項目でも述べましたが1892年に国際スケート連盟(ISU)が発足します。

17世紀半ばから氷上に付く滑走跡がいかに美しい曲線を描けるかというところに重きを置いていたイギリスは、競技規定を定める際に(氷上で描かれる)図形課題を重視することを主張、その結果「氷上を滑りながら描く図形」という意味を持つ「FIGURE SKATE(フィギュアスケート)」が競技の名称として採用されました。

尚、図形課題は第一回世界選手権以降必要課題とされていましたが、1990年を最後に競技から消滅しています。

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日本にスケートが伝来したのはいつ?

さて、このように1892年の国際スケート連盟発足後世界的にスケートは冬の一大スポーツとなりましたが、日本ではいつ頃から始まったのでしょうか。

日本では、1877年に札幌農学校(現北海道大学)のアメリカ人教師がスケート用具を持ってきたのが最初と言われています。

そして、新渡戸稲造が1891年にアメリカからスケート靴3足を母校の札幌農学校へ持ち帰っているので、日本でのスケート発祥の地は北海道の札幌ということになりますね。

その後、鉄道の開通などの理由により長野県がスケートの中心地となり、特に多くの学生がスケート目的で長野県に集まったといわれています。

1924年には早稲田大学や慶応大学など7つの学校が集まり全国学生氷上競技連盟を結成、翌年長野県松本の六助池で第一回学生スケート選手権大会が開催されました。

1929年には上記のOBたちによって大日本スケート競技連盟(現在の日本スケート連盟)が誕生し、翌年の1930年から、スピード、フィギュア、アイスホッケーの3種目の全日本選手権競技大会が開催されています。

そして、この競技会が始まった翌年の1932年(第3回)冬季オリンピックからは日本も出場、以後戦後すぐの第5回を除いてすべての冬季オリンピックに日本は出場しています。

次の冬季オリンピックは2018年に韓国の平昌で開かれます。

スピードスケートやフィギュアスケートでの日本選手の活躍、楽しみですよね。

まとめ

いかがでしたか?

近年、日本では空前のフィギュアスケートブームですが、その始まりはオランダだったんですね。

なんとなく北欧やカナダなど雪深い国のスポーツだと想像していたので、少し意外でした。

でも、運河が凍って天然のスケート場になるなんて、それはそれでとても楽しそうです。今でもそうなのかな。だとしたらちょっと見てみたいような気もします。

次の冬季オリンピックまであと一年! 開催地についていろいろ問題はあるようですが選手たちには関係のない話ですし、是非万全の態勢で当日を迎えてほしいと思います。

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