ステンドグラスとは?教会にはなぜステンドグラス・・・・・




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荘厳な空気を感じる教会で、ひときわ目を引くのがステンドグラスですね。

陽の光が色とりどりのステンドグラスを通って降り注いでくると、神の存在を信じる気持ちがわかります。

電気も無い時代の人達は、ろうそくと、陽の光が織りなす、天国とも言える美しさの中の教会で、祈り続けたんでしょうね?

元々はモザイクみたいなのから始まって、ガラスが生まれ、色ガラスが生まれ・・・って言うことだったと美術の時間に習ったような。

一度作りたくて、クラフトパークに通って見ようと思ったことがあるんですが、まだその機会に恵まれていません。

結構狭い門何ですよね。

こちょこちょ作るのが好きなので、いつか作品を・・・って思います。

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ステンドグラスの歴史、その期限から現代までの変遷

起源・ガラスの起源・紀元前

ガラスの起源は紀元前数千年、古代メソポタミアやエジプトだと言われています。

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そこでガラスは、焚き火の熱で偶然砂と岩塩が反応して透明な液体となって溶け出し、それが固まって誕生したのではないかと言われています。

そして、その後紀元前1500年頃になると、粘土で型を作り、溶かしたガラスを押し付けて成形する「型押し法」などの製造技術が確立しました。

これによってガラス器の普及は進みましたが、一個一個型を作って成形するため、もちろん大量生産は不可能。

生活用品というよりは、とても高価な装飾品だったに違いありません。

紀元前30年頃から、紀元4世紀までのローマ帝国時代には、「吹きガラス技法」という革命的な新しい製造技術が発明されました。

これは鉄パイプの先に溶かしたガラスを水飴のように巻取り、息を吹き込んで風船のように膨らませて成形する方法で、21世紀の現在も、世界中で受け継がれている基本的なガラスの製造方法です。

これによって球形や円筒状まで様々な形や大きさのものが作れるようになり、ローマングラスという独特のガラス工芸が花開きました。

またこの頃ガラスの窓も誕生したのでした。

吹きガラスの普及に伴い、1世紀末には不透明なガラスに代わり透明なものが好んで使われるようになりました。

ガラスの持つ透明性・透過性がその美しさにおいても、実用性においても、定着はじめたのです。

創世記:ステンドグラスの誕生:9世紀~

ステンドグラスの起源を、一つの時代や一つの場所として明確にすることは出来ません。

それは、納得の行く説明がつく歴史的証拠が発見されていないからです。

今のところ、そこは空白のままで、豊かな想像力で補う他ありません。

ただステンドグラスは、キリスト教が有史に登場するまで存在しませんでした。つまりキリスト教的芸術だと言えます。

板状のガラス、つまり窓用のシートガラスといわれるものが安定して作られ始めたのは、西暦400年頃と言われています。

そしてステンドグラスは、5世紀のフランスの文献に出てきます。つまり板ガラスが作られ始めて、すぐにステンドグラスも作られるようになったというわけです。

ステンドグラスは今では1500年以上もの歴史があるということになります。

現存するプロトタイプと言われるものが9世紀にドイツのロルシェ修道院跡から発掘されたキリストの頭部と言われているガラス片です。

これは現在では完全な形で存在していないため「断片としては最古」のステンドグラスと言えます。

またロマネスク時代の作例として、アルザス北部ヴィッサンプールのサンピエール・エ・サンポール教会から出土し、現在、ストラスブールのノートルダム美術館に展示されている、「キリストの頭部」やドイツ、アウグスブルクの「5人の預言者」が現存する完全なパネルとしては最も古い作例として残っています。

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これらは十分な技術と様式を持って、作られており、かなり以前からステンドグラスと言うものが存在していたことを示しています。

この頃のステンドグラスは宗教的な意味合いが深く、字の読めない人々のために神の行いの物語を表すために作られ、嵌めこまれました。

これらは専門の職人というより、囚人が作ったという説が有力です。

実はこの頃から既に、ステンドグラスの基本形であるH型の鉛のレールでガラス同士を組み合わせる基本的な技法が確立されていました。

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成熟期・ゴシック建築とともに;11世紀~15世紀

11世紀から始まったステンドグラスの黄金期とも言えるこの時代には、各地で様々なステンドグラスが作られ、現在では世界遺産になっているものの多々あります。

12世紀に入ると建築の技術が発展し、より高くエレガントで窓の大きい建築物(教会や大聖堂)の実現が可能となりました。

これらはゴシック建築と呼ばれ、建物の高さを強調するため、先の尖ったアーチ(尖頭アーチ)や大量の光を取り入れるための大きな窓、柱を細くして、堂内の空間を広く開けるための、外壁にせり出した建物を外側から支えるアーチや柱などが特徴です。

なおゴシックとは、12世紀から15世紀にかけて、パリを中心とするフランスを発端にヨーロッパ各地に影響を与えた美術様式のことで、ゴート族の野蛮なという意味であり、元はルネサンス期の美術家が侮蔑の意味で中世の美術を呼ぶために使われた言葉です。

また、この頃には金属(鉛)やガラス産業の発展も相まって、ステンドグラス芸術も大きく飛躍していきます。

13世紀には現代でも有名なステンドグラスを持つ建造物が次々と作られています。

代表的なものとして、「シャルトルブルー」で有名なフランス・シャルトルの「ノートルダム大聖堂」イギリスの「カンタベリー大聖堂」などが挙げられます。

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これらは以前のものに比べて、より細かく、より装飾的になっています。

14世紀にはシルバーステインと呼ばれる現在もガラスの絵付けに使われる重要な技法が生まれました。

これは、その名の通り、銀を原料とする絵付け顔料を使った技法で、ガラスへの塗布、焼成により黄金色の輝きを持たせることが出来瑠葉になりました。

15世紀に入ると、ゴシック建築が更に発展し、教会や大盛堂の窓は複雑な曲線によってより細かくより装飾的にデザインされるようになります。

これらの作品は炎のような激しい印象を与えることから、フランボワイヤン様式と呼ばれています。

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そして15世紀後半には、かぶせガラス(きせガラス。東名のガラスの表面に、濃い色のガラスの薄い膜が被せられた、2層になったガラス。フラッシュがラストも呼ばれています。)にエッチングを施して、絵柄を表現する技法が開発されました。

一方で、次第に強まる同時代の絵画の写実主義の影響を受けて、よりデザインが写実的になっていきました。

特に、ヤン・ファン・エイクに代表されるフランドル絵画の影響が大きいと言われています。

技術的にはエナメルの着色技術の発達が、より写実主義に拍車をかけることになりました。

これにより、ステンドグラスはガラス特有の「透明感」という本来の魅力を失い、衰退への道をたどることになります。

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