日本人が始めた洋食は?【ナポリタン・オムライスまだまだ出てくぞ!】




洋食っていうジャンルはなんかちょっとおしゃれな・・・・でも古めかしい。

不思議なジャンルだと前々から思っていまして、代表されるナポリタンだとか、オムレツだとか。

本当は日本人が考案して始めた料理だということは大人になってから知りました。

でも、大好きなんですよね~洋食屋さんのメニュー。

最近では洋食屋さんなんだか高級店になっちゃって、敷居が高くなりましたが、たまに行ってみたくなっちゃうんですよね。

さすがに日本人が考案して始めただけあって、美味しいんですもの。

洋食というジャンルはずっと残っていくと思いますよ。

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実は日本料理だった洋食をご紹介!

長い歴史の上で、海外から入ってきたものをなんでも素敵にカスタマイズしちゃっている日本。

そして、島国故、そのことに私たちが気が付いていないこともよくあります。

今日は私たちの身近な料理から「えええ!西洋料理だと思ってたのに・・・・日本料理あったの?」というメニューをご紹介いたします。

オムライス

オムライスの名称は、フランス語のomeletteと英語のriceを組み合わせた和製外来語です。

オムライスは「発祥の店」を自称するところがいくつかあるのですが、1900年代ごろから、洋食屋が、チキンライスとオムレツを組み合わせて提供し始め、東京銀座の「煉瓦亭」もしくは大阪心斎橋の「北極星」が有名だそうです。

ナポリタン

おそらくイタリア・ナポリの方が食べたら「なんじゃこりゃ!」と言われます。

確かにナポリではトマト・にんにく・オリーブオイルなどで作る「トマトソース(ポドモーロソース)」を使ったパスタが食べられているようです。

でも日本のナポリタンのように、「トマトケチャップ炒めパスタ」なんてナポリには無いのです。

そもそもトマトケチャップはアメリカ生まれ。

じゃぁ、どうしてナポリタンなのでしょうか?

新大陸アメリカからトマトをもたらしたスペイン。

17世紀ごろ、スペインの支配下にあったイタリアのナポリではトマトソースでスパゲティを食べる習慣が普及。

他の年ではトマトソースでスパゲティを食べる習慣がなかったため、フランスにトマトソースが伝わった時トマトソースが「ナポリティーヌ」と呼ばれるようになった。

(透き通った出汁を使う料理を、だいたい「関西風」というのと、感覚的には似ている気がいsます)

第2次世界大戦後の日本、GHQに接収されていた横浜の「ホテルニューグランド」にてトマトソースで作った「スパゲティ・ナポリタン」が登場。

戦後の食糧不足の中、アメリカ進駐軍が、自分たちの大好きだったトマトケチャップを大量に日本に持ち込む。

トマトが高かったのでトマトケチャップを使ってナポリタンが作られ、大人気に。

とてもざっくりまとめるとこんな感じです。

日本のナポリタンは、こしのない麺が王道です。

これは日本人の慣れ親しんだうどんに近くするため、あえてそうされたそうですよ。

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ジャーマンポテト

Bratkartoffwln(ブラートカルトッフェン)

ジャガイモとベーコンを塩コショウなどで炒めた料理です。

日本に入ってきた詳しい経緯はちょっとわかりませんが、アメリカでは、ジャガイモ・ベーコン・玉ねぎなどを痛めたサラダを「ジャーマンポテトサラダ」というらしいです。

アメリカがルーツとしては・・・・怪しい。

クリームシチュー

シチューそのものが日本に伝来した歴史は明確な記述はないそうです。

しかし、1871年(明治4年)、東京の洋食店「南海亭」のちらしに、「シチウ(牛・鶏うまに)」との品書きがあったようなので、そのころにはすでに日本に存在していたようですね。

第2次世界大戦後、食糧事情が厳しい中、1947年(昭和22年)に学童の栄養補給のため学校給食のシチューに脱脂粉乳が加わるようになり、政府はこれを「白シチュー」と呼んで広めたそうです。

その後発売された、ハウス食品の「クリームシチューミクス」により家庭料理の定番の座に上り詰めた・・・ということです。

コロッケ

フランスの「クロケット」がもとになっております。

しかし、クロケットは、ホワイトソースがベースのいわゆる「クリームコロッケ」です。

私はてっきり、「クリームコロッケは、ジャガイモコロッケの派生版」だと思っていたのですが、こちらの方が元祖だったとは・・・。

西洋料理が輸入された明治時代の早い段階で、既にジャガイモコロッケらしき料理が存在していました

当時は、乳製品の加工技術が普及しておらず、日本人の好みに合うようにジャガイモベースに作り替えたようです。

そして、コロッケという名前が初めて文献に登場したのは1887年(明治20年)です。

ドリア

某イタリア風ファミレスで庶民の味方として、圧倒的人気を誇る「ミラノ風ドリア」

いつかミラノで、本場のドリアを食べてみたいなぁ・・・・

などと思っていましたがドリアはイタリア料理じゃありません。

ドリアはなんと!

上に紹介したナポリタン発祥の地でもある、横浜のホテルニューグランドで誕生しました。

そこの初代総料理長であるサリー・ワイルというスイス出身のフランス料理のシェフが1930年(昭和5年)頃に作り出しました。

当時ホテルに宿泊していた銀行員が体調を崩してしまい、「何か喉に通りの良いものを作ってほしい」と料理長にリクエストをしました。

それにこたえて、ライスの上に小エビのクリーム煮を載せ、グラタンソースをかけてオーブンで焼いたものが始まりです。

ちなみに、当時の日本にあるフランス料理店はコース料理しか頼めない格調高い場所でしたが、アラカルト(一品料理)を導入して、だれでも西洋料理に親しめるようにしたのもワイルさんの功績!だそうです。

本当に日々親しんでいる料理が日本で生まれたものだったなんて。

もっともっと親しみを感じますね。

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